準備中

12月27日。

もう年の瀬も近付いている。慌ただしい日々。自信を持ったり失ったり、揺らめいている私は宙に浮いているようだ。

音はなぜ、形を持たなかったのだろうか。耳に差し込んだイヤホンから壮大な四重奏が体の中に入ってくる。揺らめいて広がり、近付いたり離れたりを繰り返す音は、遠い国の景色のようにおぼろげな輪郭をいくつも重ねていた。「いらっしゃいませ、どうぞ」威勢よく張り切った声。彼の声もまた形なく、近くにいた私にすら届かずに消えていった。

 

混み合う車内。押されながら前の女性に寄りかかる。不意にかいだ匂いは、懐かしい友人宅のようだった。あの頃のわたし。毎日が不安で、窮屈で、どこか遠くに逃げ出したくてたまらなかった。恥ずかしさや緊張が幾度となく襲って来た。ただ必死に明日を求め、冒険した日々に、戻れるものなら何をするだろう。再び悩み、苦しみ、また今と同じ道に立つのだろうか。風が四方に吹くと匂いはまた、乳飲み子のようだった。腕の中の布に包まれた、小さなたからもの。それを抱え込んで、駅のホームから一歩一歩、慎重に階段を下っている。横を歩くと思わず拳を握りしめた。冷や汗をかいた。そんな大切なもの、壊してしまったらどうする。計り知れない悲しみを想像した。最悪の結末まで話は飛んだ。どうしたって陽気ではいられない。乗り換えを急ぐ人の波が曲線を描く。自動販売機の前に悠々と広がり話す観光客たち。まとう空気は甘ったるく大きな南国の花のよう。大きなキャリーには、さほど大切なものは入っていないようだった。