3月24日(但し、2023年の)

28歳の春。

暖かい日差しに不釣り合いな分厚いカーディガンを着て、賑やかな街へと向かう。

初めて行く場所は緊張するが、きっと終わってしまえば大したことのない出来事だ。そう言い聞かせて自分を落ち着かせる。

電車ではちらほらマスクを外す人が現れ、世間を騒がせた新型ウイルスも3年を過ぎてようやく収束の兆しを見せている。

色々、振り回されたな。

ただ悪いことばかりではなかった。緊急時には本性が見えるというが、こういう時の対応でその人の価値観が露骨に出る。

その様子を見ていると、今後付き合っていきたいか、少し距離を置きたいか、判別がつく。30手前にしてちょうどよかったと言えるだろう。

 

商店街

厳しい毎日。荒々しい風が吹く。勢力を増した台風が迫っていると、夕方のニュースで言っていた。最近パーマをかけた髪があっちこっちに吹き乱され、目に入ったり口にかかったりして何とも鬱陶しい。くすぐられた鼻がかゆい。

いつもの癖で鼻をこすりながら、さてどうしたものかと商店街を物色する。時刻は16時。天丼屋や定食屋に入っては夕飯を作る気力を失ってしまう。かといってチェーンのカフェの賑やかさは今は億劫に感じられた。孤独。大切な人にひどいことを言ってしまってから、自分が嫌になり、うまく話せないのだ。

入る店は決まっていた。大学時代、2人でゆっくり寛いだ、個人経営の喫茶店。几帳面なマスターが丁寧に淹れるコーヒーと、ゆったりした音楽が流れる極上の空間。貧乏学生にはたまにしか行けない贅沢だった。荒んだ心を慰めるのはここしかないだろう。コポコポと落ちるサイフォンの中の泡を見つめていると、不思議と落ち着いた気持ちになってくる。

酸味のあるハーベストと、チーズケーキを注文した。機械みたいに正確な動きのマスターは、初めて来た頃からまるで変わっていない。私はこの何年かで、職業も、髪型も、口調だって変わっていったのに。

「苦いコーヒーが苦手だったのに、僕に合わせて飲めるようになってくれたところ」

プロポーズの手紙で、彼はそう書いていた。確かに私はコーヒーの苦いのが苦手で、何年か前はコーヒー屋の前を通るのさえ毛嫌いしていたほどだった。

ただ彼との喫茶店巡りは胸がドキドキするほど楽しく、2人でいるだけでそこは天国だった。そして初めて頼んだスペシャリティコーヒーの、嫌な苦味のなさや、味わい深い複雑な風味によって、珈琲が人々を魅了する理由を知ってしまったという訳なのだ。

空腹によって、チーズケーキを軽く4分の3は食べてしまった。きっとコーヒーと合わせてチビチビ頂くものなのに。しかし、ふんわりした食感と広がるクリームチーズの塩気、レモンの爽やかさが絶妙なのだから仕方がない。

サイフォンからコーヒーを注ぐ。普段はもっぱらカフェラテだが、美味しいコーヒーには、ミルクもお砂糖も要らない。ふんわりしてトゲトゲしない、酸味が少し色っぽい、良い女のようなコーヒーだ。私は子どもで、自堕落で、魅力がほとほと無い。他人に嫉妬し、自分を蔑み、親しい人に恵まれながら落ち込んでいく。こんなネガティヴ思考をどうにかしたい。このコーヒーから少しでもあやかれれば良いのだが。

早々にケーキがなくなって甘味が恋しくなり、頂いておいたミルクを注ぐ。ううん、いれない方がスッキリしていてよかったかな。一口飲んで思い直しても、クリーム色になったコーヒーは戻らない。いや、まろやかで、美味しい。そういうことにしよう。ぐいっと一気に飲み干す。お腹はたぷたぷ。ふうと息をついた。

大分満たされた。店内のBGMがヒーリングセラピーのように眠気を誘ってくる。

全て平らげてしまったけど、もう少しこの空間に浸っていたい。本でも読んでいればいいかもしれないがあいにく家に置いてきてしまった。追加で注文すべきだろうか。しかしこのお腹にそれは蛇足な気がする。

パラパラとメニューをめくる。明朝体に少し飾りをいれたフォント。順番にご提供します、の但し書き。マスターの几帳面さと、時々遊び心が伺える。1人で店を構え、切り盛りし、続けている。私よりずっと優れた人間だ。そんな風にまた自分を下げてしまう。もうこれはほとんど反射だった。

自分にはできない、こわい。だめな人間だと、烙印を押されている気分だった。本当に烙印を押されたことなどなく、そもそも見たこともないのに。

コーヒーの余韻が消えそうになり、また慌ててメニューをめくる。そこには「ココア」の文字。こんな選択肢も、ありだろうか。

マスターの顔色を伺う。新規のお客さんが入ってきたので、その人の後になら注文してもいいかもしれない。

私はまだ味わったことのない「ココア」に想いを馳せ、そわそわと座り直した。胃の調子はなんとかなりそうだ。大丈夫。新しい選択肢は、私にもまだあるはず。まだ、進んでいけるはずなのだ。

12.11

 

電車っていう乗り物があって、レールの上を走る鉄のかたまりは、とても速く、一度にたくさんの人を運べるんだ。遠いところでもレールさえ敷いてあればすぐ行くことができる。重たいものも運べるし、車みたいに自分で道を選んで運転する必要がないんだ。便利な乗り物、だかれみんな日常的に電車を利用している。

しかし都心部のそれは、キャパを超えていて、毎日毎日満員で人が溢れるほどなんだ。押しつぶされたり、足を踏まれたり、混雑で電車が遅れたりしたら、もう大変。そんなになってまでも電車を使う。みんなよっぽど遠くに大事な用事があるのだと思うだろう。違うんだ。たしかに不必要ではないかもしれないけれど、何万人のうちの数人しか、自分が行きたい方角すら分かっていない。

睡蓮

乱文を連ねても仕方がないので、短い物語でも書けたらいいと思う。しかしまた今日も物語にはなれなさそうだ。思うことは書くことではない。書くことは、言葉通り、描くことに似ている。思いをキャンバスに落としていく。言葉はふわふわと浮かぶ絵の具で、その色を繋ぎとめると絵が出来る。しかし思い描くイメージはあれど、完成したものはどこか装いを変えてしまう。なんだか納得がいかないが、しばらく眺めるとまあこれでもいいかと落ち着き、何度も眺めるうちに心に馴染む。大切なものは大切で、私の絵には私がいた。

最高気温

日々の移ろいや、流れる川のように揺らめく感情は、とめどなく溢れ、光り、はじけて溶けてしまう。こんなにも心が動いている、衝動を、繋ぎ止めておきたいと思った。きっとそれは、文章を書くことだった。

曲を作りたいと思った。一瞬の感動を切り取ったような、爽やかで鮮やかなメロディ。胸を締め付ける恋慕の情や、えぐりとられるような悲しみを唄えたら、気持ちがよいことだと思う。音楽を始めて、自分で作ることよりも、この世の中に溢れる素晴らしい曲を知りたくなった。映画はいい。完成の鋭い人々が、選りすぐった曲の数々。揺さぶられる感情に同期する。印象的なピアノのイントロ、変動するリズムのジャズ、壮麗なオーケストラ。時間を超えて、国境を超えて出会う。

そうして私は、朝の通勤電車であろうと、苦悩する夜であろうと、焦燥感を薙ぎ払って、悠々とした広い心を取り戻せるようなのだ。

書こう、と思った。単頁の企画でもない。誰かに言われた通りに書く仕事でもない。まして何年も続けた日記でも、飽き足らない。文章だけが、自分の誇りであり、理解者であり、時には教えである。駆け抜けるように生きていたい。立ち止まって空を見ていたい。全ての感情と寄り添いながら、生を感じ続けたい。

ジヴェルニーの食卓

5月18日。

原田マハさんの本を読んだ。

4編の短編集。1話目のアンリ・マティスを読み終え、本を閉じてから思わず額を寄せた。

原田マハさんの文章は、最後の一言まで、上品で美しい語り口。芸術のもつ眩しい光、胸をくすぐる色彩、美しいものに出会う感動、人生の喜び、ときめき。

全てを包み込んで、優しく目の前でほどいてくれるような、なんとも贅沢な時間だった。

それまで私を蝕んでいた焦りや、退屈な日常、冷めた心、刺々しい言葉達、悪夢が、読み終わる頃には、すうっと透き通って、心地よくなっていた。

愛おしい人に会いたい気持ち、大切にされる喜び。

心のずっとずっと奥の深い情熱が、長い眠りから目を覚ましたように。

桜の散る夜

3月30日。

高速道路の橙色のランプが、目の奥にべっとりと広がる。吐き気のような、喉につかえているかたまりが膨らむ。何度眠りについても、考え直しても、胸の奥のイライラが消えてくれない。もやのようにまとわりついて、頭をぼーっとさせる。

一度自分の頭の中を、切り開いて見てみたい。きっと押し潰された意識が、まんじゅうのように詰まっているだろう。奥の方まで取り出して、丁寧に並び替えて、綺麗にして、古いものは捨ててしまいたい。